社会運動は「心の問題」をどう扱ってきたか

社会運動と心理職の連携、社会運動参加者の燃え尽き、「心の問題」を自己責任化せずに「社会の問題」に接続させるために
kyokotom 2026.07.17
誰でも

 フェミニズムをはじめとする人権に関する運動が盛り上がり、「個人的なことは政治的なことだ」という言葉を社会運動やその報道のみならず日常生活の中でも聞くようになった。私たちが抱えている生活上の理不尽は社会や政治が形作っている問題だ、という考え方は、個人の問題を社会の問題として訴える上での大前提だが、とはいえ私たちはどのような政治的問題であっても、まずは自分たちの心身で問題として受け止める。

 例えば労働問題であれば、上司からのいじめ、顧客からの嫌がらせ、労働への対価の低さといった問題は、最初は「組織の問題」「社会の問題」ではなく、労働者個人の心の中で認識され、相談されることになる。これは移民・難民や女性、若者、障害者といったマイノリティの場合も同様であろう。全ての問題はまずは心の問題として現れるからこそ、心の問題に対応することも社会運動といっていいはずなのだが、社会運動はこの問題を瞬時に「制度の問題」「組織の問題」「社会の問題」へと切り替えてしまう。

 社会運動の過程を見ても、多くの社会運動は一当事者の違和感や悩みの共有から始まっているはずだが、その過程が社会運動とみなされることは少ない。この背景として、社会運動論の理論的潮流の問題、報道の問題があるのではないかと考える。社会運動論は多くの理論的潮流によって構成されているが、基本的には「政治過程アプローチ」を中心とした、人々と政治(制度、体制)の相互作用を中心に社会運動をとらえてきた。そのため、政策提言や陳情、デモといった過程が中心的に検討され、論じられてきたという背景がある(富永 2025)。メディアやマスコミによる報道もまた、政策提言やデモといった組織的活動を社会運動としてとらえ、日々のヒアリングや生活相談を社会運動という文脈では捉えてこなかった。

 ここで筆者は、社会運動が一当事者の抱える課題を「心の問題」として受け止めることを看過し、制度の問題や組織の問題に直結させてきたがゆえに、社会運動の内部において、社会運動従事者がむしろ心の問題に対処しきれずにいる実態を、Activist Burnout(社会運動における燃え尽き)研究を参照しながら説明し、心理職と社会運動の連携可能性について考える。

社会運動組織と心理職の関わり

 社会運動において特定の問題がどのように扱われてきたかということを捉える際に、専門職の関わりを見るのは一つの手段である。「心の問題」に対処してきたプロフェッショナルとして心理職の人々がいるが、現代日本において社会運動と心理職がどのように連携しているのかを概括したい。

 最も顕著な組織的連携として、ひきこもり家族会支援がある。これに関しては日本臨床心理士会が組織的に連携を行っており、心理職は月例会での助言、心理学の講義、個別相談といった多様な役割を担う(日本臨床心理士会「地域におけるひきこもり家族会への支援事業報告書」「心理専門職によるひきこもり家族会支援プロジェクト事業報告書」より)。

 また、女性・若者・移民支援においても心理職は活発に活動している。「生きづらさを抱える女性の支援に関わる団体の活動実態調査報告書」(2022年度)によれば、女性支援団体が連携する専門職として、臨床心理士は医師、弁護士、社会福祉士に次いで高い割合を示している。若者・子どもの支援団体の中でも大規模組織は、相談員として心理職を雇用し、金銭・食糧支援と心理社会的支援を組み合わせ、チャット相談や面談、ケース会議を通じて伴走している。いずれも心理職が単独の援助者というより、アウトリーチ型ソーシャルワークの専門職群の一部として働く傾向が強い。

 また、生活困窮者自立支援の全国調査では、自立相談支援事業の従事者は実人数約5,500人とされるが、心理職は独立した標準職としては集計されていない。他方で、就労準備支援の支援内容には「臨床心理士等の専門職種の知見を要する支援」が明示されている(「生活困窮者自立支援法に基づく各事業の令和5年度事業実績調査集計結果」より)。現代社会で最も大きな規模を持つ社会運動である労働運動・労働組合に関しては、心理職との連携はごく一部の単組・産業別組合で行われているのみであるが、この点が実は重要だと考えられるため、後ほどまた考察したい。
 ここまでを振り返ると、女性や若者、外国人といったマイノリティ支援では心理職との連携がある程度見られ、また生活困窮者自立支援のような分野でも「心の問題」に対応する必要性は主張されている。

社会運動内部における「心の問題」としての燃え尽き
 ただ、筆者はこれまでの調査研究経験から、社会運動内部の「心の問題」がもっと取り扱われるべきであるし、その分野において心理職がより相互補完的かつ有機的・専門的に協働できると考えている。具体的には、社会運動による問題当事者支援ではなく、むしろ社会運動従事者自身(市民団体スタッフ・ボランティア・労働組合役員・アクティビストなど)の支援に心理職の関わりが必要なのではないか、という点である。

 社会運動は、継続的に社会構造の是正に動き続けなければならず、場合によってはバッシングや攻撃を受けることもある、きわめて負荷の重い社会的営為である。職業的安定が担保されているとは言い難く、金銭的報酬を継続的に得られる人はごく一部でしかない。こうした状況に鑑みて、特に2010年代以降、社会運動に携わる人々のメンタルの問題が大きく取り沙汰されてきた。学術的にはActivist Burnout(社会運動における燃え尽き)という領域の研究が蓄積されている(Reed 2022; Gorski 2019; Gorski 2015; Rodgers 2010; 富永 2013など)。

 なぜ社会運動従事者は心の問題を抱え、燃え尽きてしまうのか。Paul Gorskiによる一連の研究は、アメリカの人種正義(反レイシズム)運動、動物権利運動、ジェンダー平等、教育の公正を目指す運動というそれぞれ異なる社会課題を事例としつつも、社会運動従事者が共通に直面する心の問題を指摘している(Gorski 2015a, Chen and Gorski 2015; Gorski 2018; Gorski et al. 2019)

 社会運動をめぐる燃え尽きはどのような原因によって生じ、また加速するのか。最も多く、また予期が容易な要因としては、取り扱う社会問題に直結する心理的・情動的要因が挙げられる。人種差別への義憤、殺処分される動物への同情心など、社会運動は携わる人々に常に強い感情的消耗を促す。また個人的なことは政治的なことであるため、動物への同情や人種差別への義憤(人によっては罪悪感)は日常生活を通じてもずっと負荷であり続ける。こうした感情的消耗に加え、問題の進展や解決が見られないといった構造的要因による絶望感が負荷されることもある。

 第二に、社会運動における「殉教・自己犠牲の文化」の存在である。これは他の先行研究においても指摘されており(Rodgers 2010など)、「真の活動家は自分よりも社会や問題当事者を優先する」という暗黙の規範として存在している。さらにこのような規範は、反メンタリングの文化に転化しうることもあり、より長く社会運動をしている人々が、キャリアの若い人々に対して「自らの疲弊や消耗を語ってはいけない」「自分のケアより運動を優先せよ」と語ることによって再生産される。

 第三に、予期せざる要因であり、最もダメージが大きい燃え尽き要因として「仲間からの攻撃」がある。例えば人種正義運動やジェンダー平等運動内部におけるマジョリティからマイノリティへの差別、組織内のヒエラルキーや周縁的な参加者の排除といった形で現れる。

 社会運動従事者は精神的に強くあらねばならず、自己よりも社会を優先しなければならないという規範によって、上述した社会運動内部の要因による心の問題は軽微なものとして看過されやすい。だからこそ、社会運動の持続性・継続性の観点からも、社会運動従事者個人のメンタルヘルスの観点からも、「心の問題」の専門家である心理職が社会運動に伴走する必要があるというのが筆者の主張だが、ここには一定の留保が必要である。次節ではこの点について言及し、本稿を締めくくりたい。

社会と心のあいだで

 社会運動従事者における燃え尽きの問題は、あくまで社会運動組織全体で解決すべき組織的課題である。例えば運動内の人種差別によってあるメンバーが消耗し燃え尽きたとしたら、それはそのメンバーの個人的問題としてでなく、運動全体の問題として改善されるべきである。Gorskiの研究は、心理職が介入することには肯定的だが、心理職が介入することによって燃えつきが運動全体でなくメンバーの個人的問題として処理されることを強く危惧している。臨床的な介入を単独の解決手段にした瞬間、燃え尽きは「治療されるべき個人の脆弱性」に再定義されてしまい、それを引き起こした社会運動組織の問題は不可視化されてしまうからである。

 労働組合において心理職の関与が少ない理由も、実はこの点に起因しているのではないだろうか。労働組合は、個々の労働者の悩みを会社や職場の組織的・構造的問題として捉える。上司に威圧的な振る舞いをされるとしたら、それは上司ないし職場の階層制が機能していないという問題である。産休や育休を取れないとしたら、それは企業の福利厚生の問題である。心理職の介入によってそれらが労働者個人の「心の問題」として緩和ないし解消されれば、労働組合は職場改善の機会を失ってしまう。

 しかし、いわゆる「心の問題」を個人的な問題として処理するだけが臨床心理学・心理職の仕事ではないのは周知の通りであろう。例えば宮地(2007)や信田(2021)のように、被害の語りの背景にある権力性や政治性を鋭く指摘する議論もあれば、大嶋(2019)のように臨床の現場から運動と臨床の往還を書いた著作もある。「心の問題」と「社会の問題」を両立した臨床的介入はさまざまな領域で始まっている。

 ここ20年を見ても、気候変動や平和反戦、ジェンダー平等やエスニック・マイノリティの課題など、日本においても社会運動がさまざまな場で見られるようになった。このような社会において、社会運動に携わる人々の「心の問題」を受け止めつつ、「社会の問題」への視点とバランスをとりながら、個人のケアと社会改良を両立する社会運動を考える必要があるのだろう。

参考文献

大嶋栄子(2019)『生き延びるためのアディクション』(金剛出版)

富永京子(2025)『なぜ社会は変わるのか』講談社.

富永京子(2013)「社会運動における離脱の意味――脱退、燃え尽き、中断をもたらす運動参加者の人間関係認識――」『ソシオロゴス』第37号、170–187.

信田さよ子(2021)『家族と国家は共謀する』角川書店[角川新書].

宮地尚子(2007)『環状島=トラウマの地政学』(みすず書房)

Chen, C. W., & Gorski, P. C. (2015). Burnout in social justice and human rights activists: Symptoms, causes and implications. Journal of Human Rights Practice, 7(3), 366–390. https://doi.org/10.1093/jhuman/huv011

Gorski, P. C. (2015). Relieving burnout and the "martyr syndrome" among social justice education activists: The implications and effects of mindfulness. The Urban Review, 47(4), 696–716. https://doi.org/10.1007/s11256-015-0330-0

Gorski, P. C. (2019). Fighting racism, battling burnout: Causes of activist burnout in US racial justice activists. Ethnic and Racial Studies, 42(5), 667–687. https://doi.org/10.1080/01419870.2018.1439981

Gorski, P. C., Lopresti-Goodman, S., & Rising, D. (2019). "Nobody's paying me to cry": The causes of activist burnout in United States animal rights activists. Social Movement Studies, 18(3), 364–380. https://doi.org/10.1080/14742837.2018.1561260

Reed, Allison S., 2022. "Mental health, availability to participate in social change, and social movement accessibility" Social Science & Medicine, 313. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0277953622006955

Rodgers, Kathleen, 2010, “‘Anger is Why We're All Here’: Mobilizing and Managing Emotions in a Professional Activist Organization“ Social Movement Studies, 9(3), 273-291. https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/14742837.2010.493660

※本稿は、『臨床心理学』2026年7月号への寄稿を一部編集したものである。

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