芸人・なすび氏主演のドキュメンタリー『The Contestant』を観た
ドキュメンタリー『The Contestant』を見た。1990年代に人気を博したバラエティ番組内の人気企画「電波少年的懸賞生活」と、芸人・なすび氏のその後を追ったドキュメンタリーで、今にして考えると、あるいは海外のジャーナリストの人々の目から見ると、あの番組のやってきたことの何がひどいって全部ひどい、前半はそういうひどさが中心に描かれているのだが、後半になるにつれなすび氏のその後や人間性の描写に重きが置かれている。震災後はアクティビストとして福島の人々を支援し続けている。
企画を説明せずに拉致して半密室で二年近く人を半密室で孤立させて生活させたこと、裸の姿を全国ネットで映し続けたこと、それを全国中の視聴者が楽しみ続けたこと、全部悪いし、それが悪いということはさすがに2020年代ならみんなわかっている。一方、「ひどい目に遭ったけれどそれを糧にして頑張っています」という姿勢もまた、現代社会ではもどかしいものの一つになっていると思う。この映画を観た人からはテレビ局に対する訴訟や告発を勧められるそうだが、許せないけれどもそれで気が済むわけでもない、となすび氏はさまざまなインタビューで繰り返している。私は、それはそれでよくわかるというか、過去の精算より未来を良くする方に生きたいと思うのは、一個人としては自然なことのように感じた。加害者に罪を罪として認めさせるのは、社会を良くするためには重要だが、個人としては未来を生きた方が前向きに生きられるだろう。
印象的だったのはプロデューサーの土屋敏男氏の語り。昔のことをなるべく「昔思った・感じたまま」に語ろうとしていて、そこに反省や感傷を極力挟まないようにしているのが印象的だった。反省はしているし、償いのような行為も見せるが、一方で安易な反省の対象として過去を言語化したり改変しないようにする。その姿勢を誠実とは思わないまでも(なにせやったことがやったことなので)ずるさを感じなかった。どう映され、観衆からどのように観られるか理解した上でこの語り方を選んだことに覚悟のようなものも感じた。日本では観られないが、良くも悪くも、「こういう番組があった」と「その後なすび氏がどうしている」という内容に終始しているので、日本で90年代を過ごした人はネット上で読むことのできるティトリー監督となすび氏のインタビューや対談を見るだけで十分でなかろうかと思う(逆に言えば、スキャンダラスな真実とか裏話がないのがこのドキュメンタリーの重要なところではないか)。
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