「組織票」について

動員されたからって突然組織の言う通りにするわけではなく、そこにはやはり主体性や自発性、なにより信頼関係がある
kyokotom 2026.02.11
誰でも

 前回、前々回に引き続き中間集団と選挙の話。特にこの「モジモジ系時評」は中間集団と選挙について書くために開設してもらったわけではないのだが、時節柄というか、こういうことについて考えることが多くなる。

 中間集団、特に労働組合や宗教団体について議論するときに出てくるのが「組織票」という言葉で、これは慣習的な言い方なのかもしれないが違和感といえば違和感がある。前々回の記事で「動員を嫌がらないのが中間集団」という書き方をしたが、だからといって700万人会員がいれば700万票集まるというわけではない。「動員」と「参加」の間にはもう一つハードルがある、というのは社会運動論でもよく言われるところである。

 私は上述した組織をはじめとして中間集団のご依頼により、機関誌や会報で取材を受けたり、講演をしたりということをよくするのだが、多くの中間集団で議論となるのが「会員の政治離れ」である。これらの中間集団の核となる活動は、例えば生活クラブであれば消費を軸とした生活に関わる活動、労働組合であれば労働者の権利に関する活動であるわけだが、その活動の内容や会員の困りごとによっては政治に訴えかけて政策へと反映する必要がでてくる場合もある。だからこそ組織内議員を輩出するわけだが、しかしそのためには選挙運動をする必要がある。

 さまざまな中間集団でよく聞くのが、「日頃の活動に熱心な人は実は少なくないのだが、選挙や政治が関与すると嫌がる人が多い」というものだ。労組の活動や宗教活動、地域活動にはコミットしていても、政治や選挙が関わると忌避してしまうという会員/組合員の方々が(特に若い世代に)少なくない、ということで、これはちょっとわかる気がする。社会は好きでも政治は嫌いというか、共助に携わるのは好きでも公助に訴えるのはやや大ごとすぎるという感覚があるのかもしれない。

 だから、会員が700万人いたところで700万票になるわけではないし、「組織票」といわれるほど「組織」ではない。前々回の記事で、主体性・自発性の議論をしたが、比較的動員を嫌がらないとされる中間集団の人々にだって、当然主体性と自発性がある。このことを考える上で、プレジデントの記事と、創価学会の研究者である浅山太一さんのXの投稿はとても参考になった。 

 中間集団の「組織票」といわれるものの中身を作っているものは、当然というか中間集団の人々と組織内議員の人々が日々築いている信頼関係だ。上の記事が示しているのは、そういう信頼関係を醸成するにあたってあまりに急すぎた、あるいは信頼関係というものを一部の候補者があまり重く見ていなかったということでもあるのだろうか。

 私は講演や打ち合わせでよく産業別労組の「会館」(オフィスと会議室を兼ね備えたいわゆる「事務所」のようなところ)に行くのだが、そこには組織内議員の人々のポスターや等身大ポップがある。場合によっては、労組の人々が作った手作りのデコレーションが飾られていたり、組織内議員の人々の「LINEスタンプ」が作られている場合もある。私はそこに、中間集団の人々と組織内議員の人々の信頼関係というか、単に利害を政治に反映する媒介というよりはもっと人間的な交流を感じたりもする。そういう関係は一朝一夕に築けるものではないのかもしれないが、でも築くことができる基盤があるのが中間集団でもあるので、時間をかけて関係をつくっていくのが今後の課題ということになるのだろうか。

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