完全にきれいとはいえない私たちのきれいごと

私たちは生活の上で全てを正しくはできないが、できる限りのことをやっていきたい
kyokotom 2026.01.03
誰でも

 昨年のちょうど今頃にパートナーが生死の境をさまよう状況になった。武田俊輔(法政大学社会学部教授・歴史社会学者)という人で、十年近くパートナーシップ関係にあるが、研究するにせよメディアで発信するにせよ、仕事と私的なことを切り離し、ある程度独立した人間として活動したいと思っていたため、公表していなかった。しかし、武田が倒れた昨年のはじめ、本当にこのまま公表しなくていいのか......という思いが頭をよぎった。ちょうどICUに運ばれた時は新聞の連載の締切が迫っていたこともあり、彼とのことを(半ば祈るように)書くことにした。

 新聞のコラムを書く時は何か小説とか漫画をとっかかりにすることが多いのだが、この時読んでいたのは高瀬隼子『新しい恋愛』。この中の「いくつも数える」という、歳の差結婚をした上司に違和感......とも言い切れないすごく微妙な心情を抱いてしまう同僚たちの心境を描いた短編がとても気になった。高瀬氏のこの短編集は、「正しい」とか「新しい」されることの隙間にある「ずるい」とか「後ろめたい」といった感情をすくい上げてくれるようでとても気に入っている。

 この十年をみても人権に対する意識がきわめて高まった日本社会なので、年長の男性と一回り以上下の女性の恋愛が取り沙汰されるとき、「グルーミング」という言葉を目にすることも多くなった。一方が未成年だったりすればそれはそうなのかもしれないが、一方でそうした批判に同調できづらい思いを抱えていた。武田と私は十二歳差であり、会った時は教員と大学院生(もちろん他大学ではあるが)だった。研究室の先輩でもあり、どうしたってその影響力を強く感じざるを得なくなる。

 じゃあ私はただ混同したのか。権力関係の傘の下にいたのを、信頼とか愛情と勘違いしただけなのか。それはそれで私の感情の主体性を奪うようで、そのように構造に回収する言説をどうにも受け容れられなかった。しかしそういう価値観を内包したまなざしから、自分自身が年長の相手の庇護の中にある主体性の薄い人間だと思われるのも怖くて、私が公に彼の存在を十年近く隠し続けた背景にはそういったこともかなりある。

 2025年最後の仕事は、ジャーナリストの津田大介さんが主宰する「ポリタスTV」というネット番組の有料配信「『子育て』と『仕事/キャリア』の両立はなんでこんなにむずかしいのか?」。これまでのことを相手ときちんと話したいと思い、武田と一緒に出演した。これまでの私生活・子育てに関する新聞記事を津田大介さんにピックアップいただき、出産の秘匿から公表、母親との子育てと武田の病気、パートナーシップの公開までを振り返りながらお話しつつ、津田さんと武田と子育てについて話し合う......という内容。私がお仕事をした中でも「正しい」ことを重要視する聴衆の方が多い場だと感じていたポリタスTVで、津田大介さんとこうしたお話ができたのは幸いなことだった。

 私は生活のなかの社会運動を研究しているし、可能な限り首尾一貫したいと思っているが、かといってそれでは割り切れないことがあるのもよくわかる。武田と私のコミュニケーションに権力差とか「グルーミング」と言えるものが完全になかったと言い切ることはできないだろうし、そもそもこうして異性のパートナーと表に出て子育てを語るということ自体、異性愛規範を強化しかねないと言われたらそれはそうだろう。私の家族も友人も、多様性を重要視する立場であるし、多くの人々が自分らしく生きられる社会であればと望んでいるが、それでも私たちのコミュニケーションの中には、ルッキズムやエイジズムが含まれていることを認めざるを得ない。

 しかし、今回の津田さんとの対話のように、友人たちや仕事相手とのコミュニケーションにおける、完全に「正しい」とは言えないかもしれない励ましや慰めに力づけられたことは一度ではない。私自身もルッキズムもエイジズムもネオリベラリズムも抜けないが、私たちが長く築いた信頼の上にあるコミュニケーションは、単線的な規範、紋切り型の倫理で断罪されうるものなのだろうか、という思いもある。かつ、完全に「正しい」人だけが、正しい価値を主張したり生活の上で実践する資格があるわけでもないと思う。今年も、完全にきれいとはいえない私たちなりのきれいごとをやっていきたい。

 以下は武田について書いた・武田と語った記事。これから増えるかどうかはわからないが、自分にとって大事なものになったと思う。

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